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Daily Bible Messages • Easter 3
毎日聖書を読んでみよう 

イースターシリーズ 3

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マタイ26章40ー46節

 

マタイ26章(新改訳2017)

Matthew 26 (NIV)

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昨日、私たちはイエスが苦悩と恐れに襲われた時、その悲しみと不安を父なる神に打ち明けられたことを学びました。祈りを通して、イエスは想像を絶する苦しみと痛みを経験しながらも、神の御心を受け入れ、従うことができました。

 

今日の箇所では、イエスが一度祈っただけでなく、心が神の御心を受け入れる準備ができるまで祈り続けたことが分かります。イエスでさえ神の御心を受け入れることが難しかったのですから、私たちが難しさを感じる時があるのは当然です。しかし、イエスのように、私たちも「わたしが望むようにではなく、あなたが望まれるままに」と神に正直に言えるようになるまで、祈り続けることができます。祈りは私たちの心を変え、平安をもたらします。

 

41節を見ると、その晩祈る必要があったのはイエスだけではなかったことがわかります。イエスは弟子たちがこれから極めて困難な状況に直面することを知っておられました。ですから、弟子たちに「誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい。」と励まされました。

 

イエスは、人間はしばしば「霊は燃えていても肉は弱い」ことをよく理解しておられました。特に、困難な状況や極度のプレッシャーにさらされているとき、疲れているとき、ストレスを感じているときには、そう感じるでしょう。

 

弟子たちは正しいことをしたいと思っていました。何があってもイエスに忠実でありたいと思っていました。しかし、彼らは弱く、イエスはご自分が捕えられた時、弟子たちが逃げ出したり、イエスを知らないと否定する強い誘惑に直面することをご存知でした。だからこそイエス様は、その誘惑に抵抗できるよう神から力を与えられるよう、彼らに祈るように言われたのです。

 

私たちも人間ですから、弟子たちと同じように、人生で多くの誘惑に直面します。特に、困難な状況に直面しているとき、疲れているとき、ストレスを感じているときには、誘惑が強くなります。

 

例えば、イエスを疑ったり、拒絶したり、イエスの教えを無視したり、イエスを信じていないふりをしたりする誘惑です。間違っていると分かっていても、周りに合わせてしまう誘惑、助けを必要としている人を無視してしまう誘惑もあります。自分勝手に行動したり、嫉妬したり、誰かを許そうとしなかったり、怒りを爆発させたりする誘惑などさまざまです。

 

ですから弟子たちのように、私たちも「誘惑に陥らないように、目を覚まして祈る」べきです。私たちは、自分が直面している誘惑を認識し、特に困難な状況やプレッシャーにさらされているときには、それらの誘惑に抵抗する力を与えてくださるよう神に祈る必要があります。

 

イエスの警告にもかかわらず、弟子たちは祈らずに眠り込んでしまいました。しかし、眠っている弟子たちを見つけたイエスは、彼らを叱理つけることはありませんでした。イエスは彼らに優しく、忍耐強く接しておられました。このことから、私たちが失敗したときも、イエスが同じようには私たちに優しく、忍耐強く接してくださるという希望を与えてくれます。


 

私たちはエホバの証人、モルモン教、統一教会とは一切関係ありません。
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