Daily Bible Messages • Easter 4
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イースターシリーズ 4
マタイ27章15ー26節
ゲツセマネの園で祈られた後、イエスはユダに裏切られ、イエスを殺そうとしていたユダヤ人指導者たちによって捕らえられました。
しかし、当時イスラエルは自由な国ではなく、ローマ帝国の支配下にあったため、ユダヤ人の指導者たちは合法的に誰かを処刑する権限はありませんでした。そこで彼らはイエスをローマ総督ピラトのもとに連れて行きました。ピラトにはイエスを処刑するか、釈放するかを決める権限があったからです。
18節によると、ピラトはユダヤ人の指導者たちが利己的な理由でイエスを殺そうとしていることを知っていました。また19節では、ピラトの妻が夢を通してイエスが無実であることを知ったことが記されています。ピラト自身も、ローマ法に照らしてイエスが何の罪も犯していないことを理解していました。
しかし、ピラトはイエスをそのまま釈放すれば、ユダヤ人指導者たちの反感を買うことになることも知っていました。そうなればエルサレムで騒動が起こり、上司から責任を問われ、職を失うか、命を落とす可能性さえありました。
当時のイスラエルでは、ローマ総督が過越祭の時期に捕虜を一人解放するのが慣例でした。これは、イスラエルとの良好な関係と平和を維持するためのものでした。ピラトは、ユダヤ人指導たちの怒りをかうことなく、罪のない人を殺さないためにユダヤ人の群衆がイエスを選んでくれるよう説得しようとしました。
しかし、ユダヤ人指導者たちは群衆を説得し、バラバを釈放して、イエスを十字架につけるよう要求させました。ピラトはこの圧力に屈し、バラバを釈放して、イエスを処刑する決断を下しました。
マタイはバラバについて多くを語っていませんが、マルコ15:7節には、彼が暴動に関与し、殺人を犯したことが記されています。ローマ法では、彼は死刑に値する人物でした。一方、イエスは何も悪いことをしていませんでした。しかし、バラバは釈放され、イエスが処刑されました。まるで交換が行われたかのようです。イエスはバラバの代わりに殺されたのです。
この出来事は、イエスが十字架上で私たちのために何をしてくださったかを示すための絵のようなものです。私たちはバラバのように殺人を犯したわけではありませんが、神の目に正しくない多くのことをしてきました。例えば、イエスは、誰かに怒りを抱くことは、その人を殺すことと同じだと言われました。誰かに嫉妬したり、赦すことを拒んだり、不親切に扱ったりする時はいつでも、心の中でその人を殺しているようなものです。こうした間違った考えや行いのせいで、私たちは神様から離れ、死に値する存在です。しかし、イエスは私たちの罪を負い、私たちの代わりに死んでくださいました。
バラバは解放されたとき、計り知れない安堵と喜びを感じたに違いありません。彼は肉体の死から解放され、家族や友人のもとに戻ることができました。同じように、私たちもイエスを信じるなら、イエスは私たちを罪、恥、罪悪感、恐れ、そして魂の死から解放し、神様との関係を回復してくださいます。これは祝うに値することです。だからこそ私たちはイースターを祝うのです。