Daily Bible Messages • Easter 8
毎日聖書を読んでみよう
イースターシリーズ 8
ヨハネ19章25-27節
昨日は、十字架にかけられたイエスを多くの人が嘲笑し、侮辱したことを読みました。しかし、十字架のそばにはイエスを愛していた人々もいました。イエスの母親、叔母、何人かの友人、そして少なくとも一人の弟子です。
「愛する弟子 」とは、この福音書を書いたヨハネが、自分の事を指して使った言葉です。これは、イエスが他の弟子たちよりもヨハネを愛していたという意味ではなく、ヨハネがイエスがどれほど自分を愛していたかを知っていたという意味です。
イエスの家族や友人たちは、イエスが苦しみ、死んでいく姿を見て、深い悲しみと苦悩に打ちひしがれたに違いありません。イエスは復活すると告げていましたが、彼らの反応から、彼らがその言葉を忘れていたか、あるいは信じることができなかったことが分かります(例:ヨハネ 20:2-3)。彼らにとって、すべての希望はイエスと共に消え去ったかのようでした。
イエスは家族や友人たちを見ながら、母に「女の方、ご覧なさい。あなたの息子です 」と言い、ヨハネに「ご覧なさい。あなたの母です 」と言いました。これは、イエスが十字架上で話された三つ目の言葉です。イエスが母親を「女の方」と呼んだのは、敬意を表す言葉でした。
その当時、女性ができる仕事は多くなく、女性は父親や夫、あるいは息子に頼って生活していました。イエスの母マリアは未亡人で、イエスは長男だったので、彼女を養う責任がありました。
イエスは三日後に復活することを知っていましたが、その後すぐに天に戻ることも知っていました。母親を養うためのお金を稼ぐことはでもうできません。そこで、弟子のヨハネに、自分の代わりに母親の世話をするように頼んだのです。
これは興味深いと思いませんか?イエスはヨハネの代わりに十字架上で死んでいきましたが、その代わりに、ヨハネに自分の代わりに母親に仕えるように頼んだのです。同様に、私たちがイエスを信じるなら、イエスは私たちの代わりに死んでくださるだけでなく、私たちにも他人に仕えることでイエスに仕えるように求めておられます。これは、イエスへの感謝を示す一つの方法です。
イエスは十字架にかけられ、激しい痛みに襲われながらも、母の必要を思いやることができました。苦しみの中にいる時に他者を思いやるのは難しいことですが、イエスの愛は深く強いので、どんな時でもすべての人を思いやることができます。
他人に仕えるのは難しいと感じるかもしれません。しかし、イエスを信じるなら、イエスは私たちも他者を愛せるように、その深く強い愛を分かち合ってくださいます。だからこそ、他者に仕えることは喜びとなるのです。