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Daily Bible Messages • Easter 11
毎日聖書を読んでみよう 

イースターシリーズ 11

 

マタイ27章54-56節

 

マタイ27章(新改訳2017)

Matthew 27 (NIV)

​

今日の箇所では、イエスを十字架に釘付けにし、誰もイエスを解放できないように、死の間際まで見張っていた人々の反応が描かれています。

 

ローマの百人隊長と兵士たちは、何百人もの犯罪者が十字架刑で殺されるのを目の当たりにしたに違いありません。彼らは、自分たちを処刑したローマ人と、自分たちを苦しませた神の両方を呪い、敗北のうちに死んでいったことでしょう。

 

しかし、イエスの死は全く異なっていました。自分を殺した人々を呪うのではなく、イエスは彼らを赦しました。神を呪うのではなく、十字架の苦しみを進んで受け入れ、勝利の叫びを上げながら、ご自分の霊を神の御手に委ねました。

 

さらに、ローマの百人隊長と兵士たちは、イエスが亡くなった際に起こった不自然な昼間の暗闇と地震を経験しました。彼らはこれが普通の死ではなく、イエスが明らかに普通の人ではないことを悟りました。

 

どういうわけか、彼らはイエスが神の子であると信じるようになったのです。もしかしたら、イエスの弟子たちがイエスを神の子と呼ぶのを聞いたのかもしれませんし、あるいはこの考えは神から直接彼らに与えられたのかもしれません。あるいは、ただの推測に過ぎなかったのかもしれません。

 

この考えがどこから来たにせよ、それは真実です。イエスはまさに神の子です。100%人間でありながら、100%神でもあります。何でもでき、すべてをご存知で、私たちを含むすべての被造物を造られた神。私たちが礼拝し、忠誠を誓うにふさわしい神です。

 

ローマの百人隊長と兵士たちは、自分たちが殺した男が神の子だと気づいたとき、恐怖に震えました。暗闇と地震を送ることができる神が、息子を殺した彼らをどのように裁かれるのかと恐れたのでしょう。

 

しかし、これらのローマ兵はイエスの手に釘を打ちましたが、イエスを殺したのは彼らだけではありませんでした。イエスの死を要求したユダヤ人の指導者たちと、イエスの死を許したピラトもイエスを殺した者たちです。そして、イエスが私たちの代わりに死んでくださったので、私たちもイエスを殺した者たちの中に含まれます。水野源三さんの詩にはそのことが書かれています。「ナザレのイエスを十字架にかけよと要求した人、許可した人、執行した人、それらの人の中に私がいる 」
 

しかし、イースターの素晴らしい知らせは、イエスが神の御子であり、私たちの身代わりとして十字架で死んでくださったと信じるなら、神はご自分の子を殺した私たちを赦してくださるということです。

 

イエスの死を見守っていたのはローマ兵だけではありませんでした。55節によると、そこには多くの女性もいました。故郷からずっとイエスに仕えてきた忠実なこの女性たちは、イエスが亡くなるまでイエスのそばにいました。さらに、56節に名前が挙がっている女性たちは、日曜日の朝に最初にイエスの墓を訪れた人々であり、したがって、復活したイエスに最初に出会った人々です。

 

当時、女性は重要ではないと見なされていましたが、イエスにとって、この女性たちは、その生涯、死、そして復活において、非常に重要な役割を果たしました。

 

私たちは、イエスのためにできることは小さくて取るに足らないものだと感じるかもしれませんが、私たちができることを忠実に行うなら、神はそれをご自身の善い目的のために用いてくださいます。これは、私たちを救ってくださったイエスへの感謝を表す一つの方法です。

 

私たちはエホバの証人、モルモン教、統一教会とは一切関係ありません。
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