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Luke 3:1-6  |  ルカ3章1-6節

ルカ3章1-6節


ルカ3章(新改訳2017)

Luke 3(NIV)


1-2節を見ると、ルカがどれほど綿密な歴史家であったかが分かります。彼は出来事が起こった正確な時期や、当時の政治的・宗教的指導者の名前を記録しています。私たちは、ここに書かれていることが実際に起こった歴史的に正確な記述であると確信できます。

 

ちょうどその時、神はザカリヤの子ヨハネ(イエスのいとこ)を通して、イスラエルの人々に語るべきメッセージを与えました。3節でルカはそのメッセージを「罪の赦しのための悔い改めのバプテスマ」とまとめています。これはどういう意味でしょうか。

 

「罪」とは、殺人や窃盗のような重大な悪事だけを指すのではありません。罪とは、神を喜ばせないすべてのことを指します。それは私たちの行動、言葉、思考、態度など、あらゆる領域に及びます。悪い行いだけでなく、行うべき善を行わなかったことも罪に含まれます。例えば、困っている人を助けないこと、陰口を言うこと、嘘をつくこと、嫉妬すること、人を赦さないこと、自分は他人より優れていると考えることなどはすべて罪です。神を無視することやイエスを信じないことも罪です。人は皆、生涯を通して絶えず罪を犯しています。

 

「赦し」とは、神が私たちの罪の記録を消し去り、心を清め、まるで罪を犯していないかのように扱ってくださることです。神は私たちに新しいスタートを与え、罪を数えないことを選んでくださいます。これは神が罪を無視するという意味ではなく、神ご自身が私たちの罪の代価を負ってくださるということです(この点についてはルカの福音書の後半でさらに学びます)。

 

神から罪の赦しを受けるためには、「悔い改め」が必要です。3章でさらに詳しく学びますが、悔い改めとは、自分の罪を認め、へりくだって神に赦しを求め、罪をやめて神の目に正しい生き方をするために神の助けを求めることです。

 

ヨハネは人々に「洗礼を受けなさい」と告げました。洗礼とは、水の中に入り、また出てくる行為であり、それはその人が本当に罪を悔い改め、神の道に従って生きたいと願っていることを象徴的に示すものです。神がその人の罪を洗い流し、心を清め、新しいスタートを与えてくださったことを表しています。洗礼を受けること自体が罪の赦しをもたらすのではなく、赦されたことを示すために受けるのです。

 

ヨハネは、人々が悔い改めて罪の赦しを受けるように勧めました。あなたも、自分の行い、言葉、思いによって罪悪感や恥、後悔を抱えているかもしれません。もしそうなら、ヨハネのメッセージはあなたにとって良い知らせです。あなたがその罪悪感、恥、後悔から解放される道があることを教えているからです。

 

あるいは、日常生活の中で罪についてあまり考えたことがないかもしれません。しかし、ヨハネがヨルダン川周辺のすべての地域を巡ったという事実(3節)は、罪がすべての人にとって根本的な問題であることを示しています。あなたはまだ気づいていないかもしれませんが、ヨハネのメッセージはあなたにとても良い知らせなのです。

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