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Luke 3:7-14 | ルカ3章7-14節
ルカ3章7-14節
Luke 3(NIV)
私たちはすでに、神がヨハネを通して、すべての人に罪を認め、悔い改め、赦しを受けるよう呼びかけておられたことを学びました。ヨハネは、人々が罪を悔い改め、神の赦しを受けたことを示すために洗礼を授けました。今日の箇所では、真に悔い改めるとはどういうことなのかを、より詳しく見ていきます。
まず7節には、洗礼を受けたいと願うものの、 真に罪を悔い改めていない人々がいたことが記されています。おそらく彼らは、良い人、信仰深い人だと思われたいと願い、洗礼を待つ人々の列に加わったのでしょう。しかしヨハネは、まず「悔い改めにふさわしい実を結びなさい」と言いました。これはどういう意味でしょうか。
真の悔い改めとは、単に自分の行いを後悔したり、申し訳なく思ったりすることではありません。「悔い改め」と訳されているギリシャ語は、文字通り180度方向転換し、正反対の方向へ進むことを意味します。まず、私たちは神の目に間違った生き方をしてきたことを認めなければなりません。そして、神に謙遜に赦しを求め、罪を犯すことをやめ、神の目に正しい生き方ができるよう助けを求めます。これは心の完全な方向転換であり、行動の変化へとつながります。この行動の変化こそが、悔い改めの「実」です。
ヨハネは11節から14節で、悔い改めの実の例をいくつか挙げています。それは、自分より恵まれない人々と持ち物を分かち合うこと(11節)、自分の 金銭的利益のために他人を利用しないこと(13節)、人を不当に扱わないこと、そして与えられた収入に満足すること(14節)です。
洗礼を待っている人々の中には、真に悔い改めていない人もいました。私たちも似ているかもしれません。神が怒り、罰するという考えが嫌なので、イエス様に自分の過ちを謝罪するものの、その後も神が憎むことを意図的に続けてしまうことがあります。しかしこれは真の悔い改めではありません。
これは、神に赦しを求める前に完璧でなければならないという意味ではありません。また、真に悔い改めたからといって、二度と罪を犯さないという意味でもありません。むしろ、真に悔い改めたということは、私たちの心に方向転換が起こったということです。単に自分の生きたいように、あるいは周りの価値観に従って生きるのではなく、真に神を喜ばせる生き方をしたいと願うようになるのです。これは、神を喜ばせるために人生において大きな変化を受け入れる覚悟を持つことを意味します。そして、神の御 心に沿って生きられなかったと気づくたびに深い悲しみを覚えるようになります。それは単に失敗したことを後悔するからではなく、神を傷つけてしまったことを悲しむからです。
興味深いことに、ヨハネは人によって異なる指示を与えています(11~14節)。もし彼があなたに語りかけていたとしたら、どのような指示を与えると思いますか。あなたが真に罪を悔い改めたなら、あなたの人生はどのように変わるでしょうか。