21
Daily Bible Messages
毎日聖書を読んでみよう
Luke 5:1-7 | ルカ5章1−7節
ルカ5章1−7節
イエス様はイスラエル北部のガリラヤ地方の人々に教え続けました。あまりにも多くの人が聞きに来たので、中にはイエス様の声が聞こえない人もいました。そこでイエス様は漁船に乗り、湖の少し沖に出て、皆が聞きやすいようにしました。
その後、イエス様は船の持ち主である シモン(ルカによる福音書4章38-39節でイエス様が義母を癒した人)に、さらに沖に出て網を下ろして魚を捕るように言いました。
漁師は通常、夜に漁をします。暗くなると魚は水面に近づくので、捕まえやすくなるからです。シモンと仲間の漁師達は夜通し魚を捕ろうとしましたが、全く獲れませんでした。夜に一匹も捕れなかったのだから、昼間に捕れる可能性はほとんどありません。
シモンはそのことを知っていました。しかし、イエス様が網を下ろすように言ったので、彼はその通りにしました。彼はイエス様の教えを聞き、イエス様に権威があることを認めていたからです。シモンは、たとえそれが全く理解できなくても、イエス様の言葉に従ったのです。
その結果、彼と仲間たちは、船が沈みそうになるほどたくさんの魚を獲りまし た!これは、夜でも驚くほどの大漁だったでしょう。シモンは、イエス様を信じたことで、大きな報いを受けました。
ここで私たちは、イエス様が時として、私たちには理解できないことをするように求めることがあるということです。しかし、たとえイエス様が私たちに求めることが理解できなくても、イエス様を信じるならば、決して後悔することはありません。これは、イエス様が常に物質的な報いを与えてくださるという意味ではありません。むしろ、イエス様の報いは、私たちの心に平安や喜びを与えてくださること、イエス様との関係がより深まること、他者との関係が改善されること、あるいは私たちがより忍耐強く、より親切になることが多いのです。いずれにせよ、イエス様を信じ、従うことを後悔することは決してありません。
ではどのようなことが、私たちには理解できないけれど、イエス様が求められることなのでしょうか。例えば私たちを傷つけた人を赦すこと、寺院や神社で祈るのをやめること、困っている人を助けるためにお金を捧げることなどが挙げられます。他にも、聖書から学んだけれど、正直よく理解できないことがあるかもしれません。
私たちは理解できないことを行うのが苦手です。しかし、理解できないのは、私たちの知識や理解が限られているからです。シモンは、イエス様が魚を水面に集める力を持っておられることを知りませんでした。
イエス様が私たちに理解できないことを求めるのは、自分の理解に頼るのではなく、イエス様を信頼するように教えるためだと思います。箴言3章5-6節にはこうあります。「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く道すべてにおいて、主を知れ。主があなたの進む道をまっすぐにされる。」