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Daily Bible Messages
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Luke 5:12-16 | ルカ5章12−16節
ルカ5章12−16節
今日はルカ5章12-14節をもう一度読んでから、15-16節も読みます。
らい病の男性を癒された後、イエス様は彼に、起こったことを誰にも話さず、ただ祭司のところへ行って自分を見せるようにと告げました。イエス様はあまりにも有名になりすぎることを望まれなかったようです。神の国の福音をあらゆる人々に聞いてほしいと願っていましたが、一つの場所に大勢の 人が集まることは望まれなかったのです。
さまざまな場所で教えるために自由に動き回りたかったからかもしれませんし、人々が興奮しすぎて暴動を起こすのを恐れたのかもしれません。もし暴動が起きれば、ローマ人に逮捕され、教えることができなくなってしまうからです。
しかし、この男性が癒されたという知らせは広まり、その結果、多くの人々がイエス様のもとに集まり、教えを聞き、癒しを求めました。
イエス様は、高まる人気と名声にどのように対応したのでしょうか。16節には、イエス様がしばしば人里離れた場所に退いて祈ったと記されています。
イエス様は人々を愛し、大切にされました。多くの時間を人々への教えに費やし、多くの病人を癒されました。しかし同時に、神と二人だけで過ごす時間も大切にし、祈る時間をつくっておられました。
クリスチャンの祈りは、ただ神に何かをしてもらうよう求めることだけではありません。祈りは、信じる者が神とつながり続けるための方法です。祈りには、願い求めることだけでなく、感謝し、賛美し、正直な気持ち(良いことも悪いことも)を神に伝え、神が私たちに語っておられることを聞くことが含まれます。祈りは、私たちが神を信頼していること、そして神の力を必要としていることの表れなのです。
イエスは神であられると同時に人でもあり、人として天の父(父なる神)と時間を過ごす必要がありました。父なる神とつながり続けることはと ても重要であり、父なる神が語られることを聞き、父なる神から力を受けることが必要だったのです。
私たちはイエスから何を学ぶことができるでしょうか。まず第一に、人気や名声は重要ではなく、むしろ望ましいものですらありません。
第二に、人を助けたり、神について教えることは重要ですが、祈りの時間を失うほど忙しくなってはいけません。イエス様でさえ祈る時間が必要だったのですから、私たちにはなおさら必要です。私たちは神とのつながりを保ち、神が私たちに語りかけておられることを聞き、神から力を受け取る必要があります。
第三に、祈るためには、神と語り合うことに集中できる静かで邪魔されない場所が必要です。家族が起きる前に早起きして祈ること、誰にも邪魔されないようにこっそりお風呂で祈ること、公園や静かな場所に行って祈ることなど、方法はさまざまです。