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Luke 5:33-39 | ルカ5章33−39節
ルカ5章33−39節
昨日の箇所では、宗教指導者たちが、イエス様が罪深い社会の嫌われものたちと食事をしたことを批判する場面を見ました。今日の箇所では、彼らはイエス様の弟子たちが断食と祈りをしなかったことを批判しています。この箇所を理解するには、ユダヤ人がなぜ断食をしていたのかを知る必要があります。
断食とは、悲しみと期待の両方を表 現する方法でした。バプテスマのヨハネの弟子たちは、メシアの到来を待ち望んでいることを表すために断食をしました。それは、メシアが間もなく来るという信仰と、まだ来ていないことへの悲しみの両方を表していたのです。
しかし、イエス様こそがそのメシアですから、弟子たちが断食をする理由はありませんでした。彼らは、イエス様が自分たちと共にいてくださることを喜び祝うことができたのです。まるでイエス様が花婿で、弟子たちが結婚式に招かれた友人のようなものです。やがてイエス様が彼らから取り去られる時(死と復活の後、天に帰られた後)には、再びイエス様が戻られることを待つことになるので、彼らは断食するようになります。しかし、イエス様が彼らと共におられた時は、断食ではなく喜びの時だったのです。
つまり、イエス様が地上に来られたことで全てが変わりました。これが36–38節の二つのたとえ話の意味です。古い衣と古いぶどう酒の皮袋はユダヤ教を、新しい衣と新しいぶどう酒はイエス様とその弟 子たちを表しています。
新しい布切れを古い服に継ぎ当てて直すことはしません。古い服は、新しい服に取り替える必要があるのです。同じように、イエス様の教えの一部だけを自分の古い考え方に付け足すことはできません。イエス様が行ったこと、語られたこと全てを受け入れ、イエス様に人生を完全に新しくしてもらう必要があるのです。
宗教指導者たちは、「古いぶどう酒の方が良い」(39節)と言う人のようでした。彼らはイエス様の新しい生き方を受け入れることができなかったのです。
私たちはどうでしょうか?これまで通りの自分の考え方や生き方にしがみついていたいでしょうか。昔からの宗教的慣習や日々の習慣をそのまま維持したいでしょうか。それとも、イエス様が私たちに全く新しい生き方を教えてくださることを受け入れるのでしょうか。それは私たちが本来造られた生き方、真の満足をもたらす生き方です。
もちろん、これは私たちがこれまでの生き方をすべて失うという意味ではありません。仕事や家、食べるものなどはそのままかもしれません。しかし、イエス様に私たちの考え方や行動を変えていただくことを意味します。例えば、他の神々に祈るのをやめ、教会に行く時間、聖書を読む時間、祈る時間などを意識して作るようになり、生活の優先順位が変わっていきます。私たちの心が変えられるので、生き方も変わるのです。
私たちは変化を受け入れるのが難しいと感じることがよくあります。しかし、イエス様が私たちの人生にもたらす変化は、本当に良い変化なのだということを、イエス様は私たちに理解してほしいと願っておられます。