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Luke 6:27-28 |  ルカ6章27−28節

ルカ6章27−28節


今日はルカ6章27-28節です。


ルカ6章(新改訳2017)

Luke 6 (NIV)


これは、イエス様が平地で語られた説教の次の部分です。イエス様はここで、神が私たちを招いておられる、真に満ち足りた生き方について語っています。昨日学んだように、この生き方はしばしば周囲の人々の生き方とは正反対に思えます。今日の箇所も、そのもう一つの例です。

 

普通、人は敵を憎み、自分を傷つけた者に仕返しをしようとします。しかしイエス様は、敵を愛し、自分を憎む人に善を行い、自分を呪う人を祝福し、自分を侮辱する人のために祈りなさいと教えています。もしあなたがこれらのことを本気で実践しようとしたことがあるなら、イエス様がここで教えている生き方がどれほど難しいか、よくわかるでしょう。

 

しかし、イエス様の言葉はとても理にかなっています。憎しみや怒り、苦しみ、赦せない思いを心に抱え続けると、私たちの心はしぼみ、弱ってしまいます。それは精神的にも大きな負担になります。赦さない心は不親切の連鎖を生み出し、双方がますます深い痛みを味わうことになります。

 

もし私たちが憎しみを手放し、自分を傷つけた人を赦すことができれば、この復讐の連鎖を断ち切ることができ、心をむしばむ苦しみから解放されるでしょう。

 

とはいえ、このように生きることが良いと頭ではわかっていても、実際にそう生きるのはとても難しく感じられます。心に憎しみや痛みを抱えているとき、それをどう取り除けばよいのでしょうか。

 

まず、イエス様は「傷つけられても気にしないふりをしなさい」と言っておられるのではありません。私たちの痛みが大切ではないと言っているのでもありません。神は私たちの苦しみを見ておられ、理解しておられ、私たちが痛むときには深く心を痛めておられます。

 

次に、イエス様は私たちに、ご自身の模範に従うように求めておられます。イエス様は十字架の上で、ご自分を殺そうとしていた人々をさえ赦されました(ルカ23:34)。だからこそ、私たちが誰かを赦そうとするとき、イエス様はそっと寄り添い、赦せるように助けてくださいます。

 

第三に、赦すとは、相手のしたことを無視することではありません。むしろ、自分がどれほど傷ついたかを正直に認め、その痛みを神に差し出し、神の愛によって癒しを受け、そのうえで相手に対して、まるで何も悪いことをされなかったかのように接することです。

 

そして最後に、私たちが神にどれほど深い痛みを与えてしまったのかを理解することが大切です。私たちの罪は、神の心を痛めるものです。

 

私たちが神を傷つけてしまったすべてのことについて赦しを求め、その赦しを本当に受け取るとき、私たちも他の人を赦しやすくなっていきます。神がどれほど深い慈しみをもって私たちに接してくださったかを知ると、私たちを傷つけた人に対しても、少しずつ優しく向き合えるようになるのです。



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