41
Daily Bible Messages
毎日聖書を読んでみよう
Luke 7:1-10 | ルカ7章1−10節
ルカ7章1−10節
今日はルカ7章1-10節です。
この話の中で、イエス様は百人隊長のしもべを癒されました。この百人隊長について、私たちは何を知っているでしょうか?
第一に、百人隊長とは、100人の兵士を率いるローマ軍の将校です。つまり、彼は権威ある力を持つ人物として尊敬されていたことが分かります。彼が部下の兵士に何かを命じれば、兵士たちは疑問を抱くことなくすぐに従いました(8節)。
第二に、この百人隊長は、身分の低い人々をも思いやる人だったことが分かります。しもべを使い捨ての駒のように考えるのではなく、大切に思い、その命を救うためにわざわざイエス様のもとへ助けを求めに行ったのです。
第三に、彼は親切で寛大な人物だったようです。当時、ローマはイスラエルを支配していたため、ユダヤ人は一般的にローマ人を憎んでいました。しかし、ユダヤ人の長老たちは、このローマ人がユダヤ人を愛し、会堂を建てる費用まで負担したと述べています(5節)。もしかすると、彼自身が聖書の神を信じるようになったので、このような行動をとった のかもしれません。
第四に、彼はイエス様に対して非常に謙遜な態度をとっていました。自分はイエス様のもとへ直接行く資格がないと考え、ユダヤ人の長老たちに代わりにイエス様のもとへ行くよう頼みました。また、イエス様を自分の家に迎える資格さえないと考え、友人を遣わしてイエス様を迎えました。
最後に、彼はイエス様に対して驚くほどの信仰を持っていました。イエス様が遠くから、ただ言葉を発するだけで自分のしもべを癒す力を持っていることを理解していたのです。彼は、自分が兵士たちに対して持つ権威と同じように、イエス様が病をも支配する権威を持っておられることを認めていました。
ユダヤ人たちは、この百人隊長は自分たちに 親切にしてくれたので、しもべを癒してもらうに値すると言いました。しかし、百人隊長自身は、自分がイエス様の助けを受けるに値しないことをよく理解していました。彼は、自分がふさわしいから癒してほしいと願ったのではなく、ふさわしくない自分にイエス様が憐れみを示してくださることを願ったのです。
ここに真の信仰の意味が見て取れます。まず、信仰とは、イエス様が私たちを助けてくださると信じることです。そして第二に、信仰とは、私たちがイエス様の助けを受けるに値するからではなく、イエス様が慈しみ深い方であるがゆえに、イエス様が私たちを助けてくださると期待することです。
イエス様は百人隊長の驚くべき信仰に応えて、遠く離れたところから彼のしもべを癒されました。
では、この物語から私たちは何を学べるでしょうか?私たちは、一生懸命良い人になろうと努力すれば、神は私たちの祈りに答えてくださるか、何らかの形で私たちを祝福してくださると考えるかもしれません。しかし、この物語は、イエス様の助けを受けるために必要なのはたった二つのことだけだと示しています。第一に、イエス様を信じること。そして第二に、私たちはイエス様の助けを受けるに値しないと謙遜に認めることです。イエス様の助けは、私たちへの贈り物なのです。