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Mark 1:1-5 | マルコ1章1-5節
マルコ1章1-5節
今日読んだ箇所によると、イエス様についての福音はイエス様の700年ぐらい前に生きていたイザヤという預言者の預言から始まりました。この預言によると、キリストという救世主が来られる前に、神様は使いを遣わされます。それ程救世主であるイエス様は偉大なお方なのです。
4節によると、この使いはバプテスマのヨハネと呼ばれました。バプテスマというのは洗礼という意味で、このヨハネが人々に洗礼を授けたことからこの名で呼ばれています。3節によると、ヨハネの役割は、人々が救世主であるイエス様に会うための準備をさせることでした。
そういう訳で、ヨハネは罪の赦しへと導く悔い改めのバプテスマを宣べ伝えました(4節)。罪とは神様に喜ばれない行動、言葉、思い、態度のことです。心の中の憎み、妬み、自己中心なども含みます。このような罪は、恥ずかしい気持ちや恥や恐怖を生み、人間関係を損なうだけでなく、私たちと神様との関係を断ち切ってしまいます。
悔い改めるとは、ただ後悔するだけではありません。罪が神様に喜ばれない事だと分かっているからこそ、これからは罪を犯さないように生きたい、と心から思うことです。
バプテスマを受けることは罪を悔い改め、これからは神様に喜ばれるように生きたい、という思いを示すしるしです。
罪は神様に喜ばれないものなので、神の子であるキリストが来る前に、すべての罪を悔い改めることはふさわし い事に違いありません。
ヨハネの話しによると、罪を告白し、悔い改める人の罪は神様に赦されます。罪の赦しとは、神様が私たちの罪を消し去られ、罪を犯してなかった存在として私たちを見てくださるということです。
罪が神様に赦された人は、すべての恥や恐怖から解放され、神様との親しい、愛し愛される関係を楽しむことができるのです。
私たちも、罪を告白して、悔い改めれば、聖書の神様に罪が赦され、神様との親しい関係を楽しむことができます。それは自分の失敗に押しつぶされていると感じる人にとって、本当に良い知らせなのではないでしょうか。