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Daily Bible Messages
毎日聖書を読んでみよう
Mark 1:35-39 | マルコ1章35-39節
マルコ1章35-39節
イエス様が何について祈ったのかは聖書に書かれていませんが、祈った後にほかの町や村へ行こうと決めたことから考えると、次に何をすべきか、どこへ行くべきかについて神様の導きを求めて祈っていたのだろうと思われます。
私たちも日々の生活の中で、どうすれば良いか分からない時や、やらなくてはいけない事の優先順位に迷う時、問題の解決方法を探して悩む時があります。聖書の神様はすべてをご存じで完全な知恵をおもちです。その神様に導きを求めることは、イエス様の姿に倣う賢い歩み です。
イエス様は祈りの中で神様から導きを受け、近くの別の町や村へ行き、そこでも福音を伝えることを選びました。「福音」とはイエス様についての良い知らせ、つまり英語で good news のことです。具体的には、イエス様が十字架で亡くなられた時、信じる者の身代わりとなって罪を背負い、その結果、信じる者を罪の罰から解放し、神様の子どもとしてくださったということです。
38節の後半を見ると、イエス様が地上に来られた目的は、病気を癒すことや悪霊を追い出すことといった奇跡を行うためではなく、福音を伝えるためであったことが分かります。
では、なぜ福音を伝えることが奇跡よりも大事なのでしょうか。病気が癒されることは素晴らしいことですが、それはあくまで一時的な癒しにすぎません。癒されたとしても、その後に別の苦しみが訪れることもありますし、最終的には誰もが死を迎え、死後には神様の裁きがあるからです。完全に良い神様に対して小さな罪でさえ犯すと、その罪は永遠の罰に値するものです。
しかし、イエス様の福音を信じる人は、すべての罪が完全に赦され、地獄の苦しみから救われます。そして、苦しみのない天国で永遠に神様の愛の中で生きることができるのです。
このように、福音は人の体を一時的に癒すものではなく、たましいを永遠に救うものです。だからこそ、福音を伝えることが何よりも大切なのです。イエス様は人間の体だけを救うために来られたのではなく、人間のたましいを救うために来られたのです。