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Mark 1:40-45  |  マルコ1章40-45節

マルコ1章40-45節


​マルコ1章(新改訳2017)

Mark 1 (NIV)


昨日学んだ通り、ツァラアトとは酷い皮膚の病気でした。当時のイスラエルでは、ツァラアトのような皮膚の病気は単なる体の問題ではなく、霊的に汚れていると見なされ、人々は感染を恐れて決して触れようとはしませんでした。しかしイエス様は深いあわれみをもって、その人に手を伸ばし、触れ、癒してくださいました。


この人を癒された後、イエス様は彼に祭司のところへ行き、癒されたことを証明するためのささげ物をするように命じました。これは、ユダヤ教の律法の戒めを果たすためでした。祭司は皮膚の病気が本当に癒されたかどうかを確認し、その人が再び社会の中で普通に生活できるかどうかを宣言する役割を持っていました。


もし彼が祭司のところへ行かなければ、体が癒されていても、社会から離れた生活を続けなければならなかったでしょう。イエス様は彼の体だけでなく、心も、人間関係も、社会とのつながりもすべて癒してくださいました。

同じように、イエス様は私たちの体、心、人間関係、そして神様との関係までも癒す力を持っています。神様のタイミングは私たちの思い通りではないこともありますが、信者が天国に行く時には、すべてが完全に癒されるという約束があります。


イエス様はこの病人に「だれにも何も話さないように気をつけなさい」と言われました。もしこの奇跡が広まれば、人々が大騒ぎし、イエス様のもとに癒しを求めて押し寄せることが分かっていたからです。


しかし癒された人はイエス様の願いを守らず、あちこちに言い広めました(45節)。その結果、イエス様はもはや町の中に自由に入ることができず、町の外の寂しい場所に留まらざるを得なくなりました。


まるでイエス様と病人が立場を交換したかのようです。病人は癒されて社会に戻り、イエス様は人々から離れた場所に行かれました。


これは福音そのものを象徴しています。イエス様が苦しみを引き受けてくださったからこそ、信じる者は救われるのです。イエス様は私たちを愛しておられるので、その苦しみを喜んで受け入れてくださいました。

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