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Mark 10:13-16 |  マルコ10章13-16節

マルコ10章13-16節


マルコ10章(新改訳2017)

Mark 10 (NIV) 前にも触れたように、イエス様の時代には、子どもたちは価値のない存在として扱われていました。ですから、人々が神様の祝福を受けさせようと、子どもたちをイエス様のもとに連れて来た時、弟子たちは彼らを叱ってしまいました。おそらく、病気の人を癒すことなどでとても忙しいイエス様を、これ以上疲れさせないように守ろうとしたのでしょう。


しかし、イエス様は子どもたちを価値ある存在として見ておられました。そのため、弟子たちを叱り、子どもたちを抱き、手を置いて祝福されたのです。


イエス様は子どもたちを祝福しただけでなく、彼らを用いて、弟子たちや周りの群衆に大切なことを教えようとされました。それは、神の国は子どものような者たちのものであり、子どものように受け入れなければ決して入ることはできない、ということです。


ここで言う神の国は、必ずしも天国と同じ意味ではありません。天国とは、苦しみも悲しみもなく、死後に永遠にイエス様と共に過ごす場所です。一方、神の国とは、神様の支配を受け入れ、イエス様との親しい関係の中で、平安や導きを受け取って生きている人々のことを指します。


神の国に入らなければ天国には行けません。しかし、天国が将来入る場所であるのに対し、神の国はイエス様を信じた瞬間から入るものなのです。


では、子どものように神の国を受け入れる、とはどういう意味でしょうか。


当時の子どもたちは、権利も力も持っていませんでした。だからこそ、何かを受け取る時、それを当然の権利とは思わず、プレゼントとして受け取っていました。つまり、子どものように神の国を受け入れるとは、自分は神の国に入るに値する者ではなく、神様からのプレゼントとして受け取るものだと認めることなのです。


驚くべきことに、自分は正しい人だから、良い人だから、賢いから、金持ちだから、優しいから神の国に入れる、と思う人は、実は神の国には入れません。一方で、自分は神様の基準を満たせない、自分の努力では神の国に入れないと認め、子どものように神様からのプレゼントとして受け入れる人は、神の国に入ることができるのです。



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