89
Daily Bible Messages
毎日聖書を読んでみよう
Mark 10:17-18 | マルコ10章17-18節
マルコ10章17-18節
Mark 10 (NIV) 今日の話に登場する人は、明後日の箇所によると金持ちであり(22節)、そして明日読む箇所によると、少年の頃から神様の律法を熱心に守ってきた人でした(20節)。そのため、周りの人からは、きっと立派な人だと思われていたことでしょう。
しかし、それにもかかわらず、彼にはどうしてもイエス様にお聞きしたい不安なことがありました。それは、「永遠のいのちを受け継ぐためには、何をしたらよいでしょうか」という質問でした。
永遠のいのちとは、人生が終わらず永遠に続くという意味ではありません。むしろ、肉体が死んでも、たましいがイエス様によってよみがえらされ、死 ぬことのない新しい体を受け、永遠にイエス様と共に生きるということです。
さらに、イエス様を信じた瞬間に私たちは神様の子どもとなり、その時からすでにイエス様との親しい関係に入り、イエス様が与えてくださる平安、希望、導きなどを受け取り始めます。これも永遠のいのちの一面です。
この人は、自分の努力によって永遠のいのちを受ける資格を得られると思っていました。つまり、自分の努力で良い人になり、死後に天国へ入れると期待していたのです。しかし、「自分は十分に努力しただろうか」「本当に良い人と言えるだろうか」という疑問が心にあり、不安になっていました。
皆さんはどうでしょうか。自分が十分に頑張れているかどうか心配になる時、努力が足りないのではと不安になる時、あるいは自分が十分に良い人かどうか恐れを感じる時はありませんか。もしそうなら、この人の気持ちがよく分かると思います。
イエス様は答えとして、「良い方は神おひとりのほか、だれもいません」と言われました。これは、すべてを創造された神様以外に、完全に良い存在は一人もいないという意味です。つまり、この人も含め、誰も神様の基準である100%良い人になることはできないということです。私たちも同じで、この基準を果たすことはできません。
しかし、一つだけ例外があります。イエス様ご自身は神様であるため、完全に良い存在なのです。
そのためイエス様は、私たちの身代わりとなって十字架でいのちを捧げてくださいました。イエス様を信じる人は、自分が神様の基準を果たせなかった部分をイエス様に委ね、代わりにイエス様が完全に基準を果たしてくださったことを受け取ります。このようにして、信じる者は永遠のいのちをプレゼントとしてイエス様から受けることができるのです。