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Mark 11:1-6 |  マルコ11章1-6節

マルコ11章1-6節


マルコ11章(新改訳2017)

Mark 11 (NIV)


この話は、イエス様が十字架にかけられる一週間前に起こった出来事です。オリーブ山のふもとのベテパゲとベタニアは、エルサレムの近くにある二つの村でした。


2–3節でイエス様が弟子たちに言われたことが、少しおかしく感じられるのは当然でしょう。誰かのロバを勝手に借りてはいけないはずだからです。しかし、イエス様は普通の人間ではなく神様であり、そのロバを含め、この世のすべてのものを創造された方です。つまり、そのロバも本来イエス様のものなのです。


実際、そのロバだけでなく、すべての動物や植物もイエス様のものです。さらに、私たちを含むすべての人もイエス様のものです。万物はイエス様によって創られ、イエス様のために存在しています。


皆さんは、自分がイエス様のものであるということについて、どのように感じるでしょうか。


イエス様のものであるなら、イエス様の守りの下にいること、必要なものを与えてくださること、導いてくださることを嬉しく思う人もいるかもしれません。しかし一方で、イエス様のものであれば、自由がなくなり、イエス様にコントロールされるようで恐ろしいと感じる人もいるかもしれません。


実際、イエス様のものとして、私たちはイエス様に聞き従い、仕えるべき存在です。しかし驚くべきことに、一昨日読んだ箇所で学んだように、イエス様は私たちに仕えるために地上に来られました。それほどまでに、イエス様は優しく、柔和なお方なのです。


このような優しい神様に属することは、恐ろしいどころか、むしろ平安と喜びをもたらします。


さらにイエス様は、私たちの自由を奪うのではなく、恐怖・恥・罪悪感から私たちを解放し、神様の完全に良いご計画の中での自由を与えてくださいます。


ガラテヤ人への手紙5章1節前半にはこう書かれています。「キリストは、自由を得させるために私たちを解放してくださいました。」また、イエス様はご自身を「子」と呼び、ヨハネ8章36節で「子があなたがたを自由にするなら、あなたがたは本当に自由になるのです」と言われました。


本当に、イエス様のものであることは、完全に良く、素晴らしいことなのです。


しかしイエス様は、私たちにイエス様との関係を受け入れるか、それとも拒むかという決断を与えてくださいます。私たちは、イエス様のものとして生きるかどうかを自由に選ぶことができるのです。



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