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Mark 11:12-16 |  マルコ11章12-16節

マルコ11章12-16節


マルコ11章(新改訳2017)

Mark 11 (NIV) 今日読んだいちじくの木についての箇所は、とても不思議に思えるかもしれません。この箇所でイエス様は、言葉だけでなく、行動を通してもたとえ話をしておられました。つまり、この出来事には隠れた意味があるのです。


イエス様は、本当にいちじくを食べることを期待していたわけではありませんでした。いちじくのなる季節ではなかったからです。しかし、このいちじくの木はユダヤ教の宮を象徴していました。この宮とは、神殿とも呼ばれ、イスラエル人にとって聖なる建物でした。


宮は神様の臨在を象徴していました。イスラエル人も、聖書の神様を信じる外国人も祈り、神様を礼拝することができる場所でした。したがって、いちじくの実は、イスラエル人と外国人の心からの祈りと礼拝を表していたのです。


イエス様は宮に入った時、心からの礼拝と祈りがほとんど見られず、代わりに売り買いをしている人々を見ました。そのため、怒り、祈りと礼拝を妨げている売り買いを意図的にやめさせるように行動されました。


多くの人が抱くイエス様のイメージは、優しくて柔和な方というものでしょう。聖書全体を読むと、イエス様が確かに優しく柔和なお方であることが分かります。しかし今日の箇所では、イエス様が不正を見ると、その不正に対して怒られるという一面も見られます。


怒りは悪い感情だと思われがちですが、実はすべての怒りが悪いわけではありません。悪い行動を見て怒ることは、むしろ良いことです。例えば、殺人を見て怒ることや、いじめを見て怒ることなどです。これは正しい怒りと言えます。同じように、イエス様は宮の様子を見て、その不正に対して怒られました。


それは、イエス様が正義の神様だからです。私たちが悪いことをしても、イエス様はそれにもかかわらず私たちを愛しておられますが、同時に私たちがした悪いことを憎んでおられます。このように、イエス様は罪と罪人を区別することができるのです。


イエス様がこのように不正に対して怒られるのであれば、私たちも何か不正なことを見たら、それに対して怒るべきでしょう。そして、その怒りに応えて、できる範囲でその不正を止めるように行動すべきです。


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