104
Daily Bible Messages
毎日聖書を読んでみよう
Mark 11:12-20 | マルコ11章12-20節
マルコ11章12-20節
昨日学んだ通りに、この箇所でイエス様は行動を通してたとえ話をしていました。つまり、この出来事は隠れた意味を持っています。
いちじくの木はユダヤ教の宮を意味し、いちじくの実は、イスラエル人と外国人の心からの聖書の神様への祈りと礼拝を描写していました。
しかし、イエス様が宮に入った時、心からの礼拝と祈りはほとんど見られず、代わりに売り買いをしている人々がいました。そのため、イエス様は怒り、その妨げとなっていた売り買いを意図的にやめさせるように行動され ました。
なぜイエス様がそれほど怒られたのかというと、人々が売り買いをしていた場所は、聖書の神様を信じている外国人が祈ることのできる場所だったからです。そこでの売り買いは、外国人に対する不正であり、神様への祈りの妨げにもなっていました。ユダヤ人は神様の宮を悪用していたのです。
宮の中の様子を含め、すべてをご存じのイエス様は宮に入る前に、いちじくの木に向かって「今後いつまでも、だれもおまえの実を食べることがないように」と言われました。その言葉の真の意味は、「今後いつまでも、だれもこの宮で神様を礼拝することがないように」ということでした。
翌朝早く、イエス様と弟子たちがいちじくの木を見ると、それが根元から枯れていました。これは、宮で神様を礼拝することが本当になくなるという印でした。実際、紀元70年に、イエス様が預言された通り、エルサレムの宮はローマの兵士によって破壊されました。
この箇所を通して、神様がどれほど礼拝と祈りを大事にしておられるかが分かります。それは、礼拝と祈りを通して人が神様との関係を深めることができるからです。しかも、神様はイスラエル人だけでなく、すべての人々からの礼拝と祈りを大事にしておられることも見られます。神様はすべての人々との関係を望んでおられるのです。
私たちの礼拝と祈りを妨げているものはあるでしょうか。忙しすぎる生活や、イエス様に興味のない家族の態度などが妨げになっているのかもしれません。
私たちがそのような妨げを乗り越えて、聖書の神様を礼拝し、神様に祈るなら、イエス様はきっと喜ばれるでしょう。