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Mark 11:27-33 |  マルコ11章27-33節

マルコ11章27-33節


マルコ11章(新改訳2017)

Mark 11 (NIV)


マルコ11章15–18節で、祭司長たち、律法学者たち、そして長老たちは、イエス様が宮(神殿)の中で売り買いをしている者たちを追い出したのを見て、怒りました。彼らは、イエス様が宮のことを変える権威を持っていないと思っていたからです。そのため、次にイエス様に会った時、「何の権威によって、これらのことをしているのですか」と尋ねました。


実際には、イエス様は神様として、神様の家である宮のことを定める権威を持っておられました。しかし、そのように答えても祭司長たちが信じないことをイエス様は知っておられました。そこで、彼らの心を明らかにするために、逆に質問をされました。「ヨハネのバプテスマは、天から来たのですか。それとも人から出たのですか。」


ヨハネはイエス様の親戚で、神様からのメッセージを伝え、バプテスマ(洗礼)を授けた人でした。人々が救世主であるイエス様に出会う準備を整える役割を担っていました。ヨハネのバプテスマ(ヨハネの洗礼、つまりヨハネのメッセージ)が天におられる神様から来たと信じている人たちは、イエス様を神様が遣わされた救世主として受け入れることができました。そのため、祭司長たちが「ヨハネの洗礼は天から来た」と答えるなら、イエス様の権威も神様から来たと認めることになります。


しかし一方で、祭司長たちが「ヨハネの洗礼はただの人間であるヨハネから出た」と答えるなら、ヨハネを預言者だと信じていた群衆は怒るでしょう。群衆を恐れていた祭司長たちは、皆の前でその答えを言うことができませんでした。


祭司長たちがイエス様の質問に答えなかったので、イエス様も知恵をもって、彼らの質問には答えませんでした。


もし祭司長たちが本当にヨハネの洗礼が神様から来たと信じていたなら、皆の前ではっきりと言ったはずです。「分からない」と答えたことによって、彼らはヨハネの洗礼が神様から来たと信じていなかったことを示しました。ただ、群衆が怖かったために、正直に答えることができなかったのです。


私たちも、恐れのために皆の前で正直に答えられない時があるかもしれません。このように嘘をつくことは神様の目から見て罪ですが、イエス様を信じるなら、その罪を告白し、心から悔い改めれば、神様に赦されます。


イエス様を信頼し、神様からの勇気を求め、正直に生きていきましょう。



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