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Mark 11:7-11 | マルコ11章7-11節
マルコ11章7-11節
Mark 11 (NIV) 昨日読んだ箇所でイエス様は、旧約聖書の預言に合わせて、弟子たちにロバを借りるように言われました。今日の箇所では、イエス様の弟子たちは、イエス様がそのロバに乗られる前に、自分たちの上着をロバの上に掛けることで、イエス様を自分の王として受け入れていることを示しました。
しかし、弟子たちだけでなく、群衆の多くの人たちも、自分の上着を道に敷き、葉のついた枝を敷くことで、イエス様を自分の王として受け入れていることを表しました。
9−10節に書かれている言葉は、イエス様がダビデの子孫であり、人々が待ち望んでいた救世主であることを示しています。その中の「ホサナ」という言葉はヘブル語で、文字通りには「救う」という意味ですが、当時は神様をほめたたえる言葉としても使われていました。救世主がついに来られたので、人々は皆、神様をほめたたえたのです。
イエス様を王として受け入れるということには、二つの側面があります。一つ目は、王であるイエス様が、ご自分を王として受け入れる人々を守り、導き、必要なものを与えてくださるということです。イエス様を自分の王として受け入れるなら、何でもできる王がおられるので、心配する必要がなくなります。ただイエス様を信頼すれば、平安が与えられます。イエス様は平安の王だからです。
もう一つは、王であるイエス様の言葉を聞き、イエス様の教えに従うべきだということです。
イエス様を王として受け入れるとき、心の中で、自分がしたいこととイエス様が言われることの間に葛藤が生まれるのではないかと恐れることがあるかもしれません。それは私たちの中に、自分のことは自分でコントロールしたい 、という思いがあるからです。
しかし実際には、イエス様は完全な知恵を持ち、愛そのものである王です。ですから、私たちにとって何が最善であるかをよくご存じです。そういうわけで、イエス様を王として聞き従うことは、非常に良いことであり、素晴らしいことなのです。