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Mark 12:38-40 |  マルコ12章38-40節

マルコ12章38-40節


マルコ12章(新改訳2017)

Mark 12 (NIV)


昨日の箇所で、イエス様は律法学者たちの教えの限界を示されましたが、今日の箇所では、彼らの行動そのものを批判されました。38-39節によると、律法学者たちは世間の目を何よりも大切にし、人々から尊敬され、羨望されることを望んでいました。それは自慢であり、神様の目から見ると罪です。

当時、律法学者は聖書を教えることで給料を受け取ることが禁じられていました。その代わりに、一般の人々から寄付を受け取って生活していました。律法学者をもてなすことは、神からの祝福に値する奉仕だと考えられていたのです。

そのような社会の中で、40節の「やもめたちの家を食い尽くす」とは、律法学者たちが、騙されやすく財産の少ないやもめたちの心に付け込み、多額の寄付を受け取り、裕福になっていたという意味です。これもまた、神様の目から見ると罪でした。

律法学者たちは長い祈りをしていました。祈りとは本来、神様と語り合うことですが、彼らは神様に祈るふりをしながら、実際には周囲の人々に「自分は敬虔で偉い」と思わせようとしていました。神様に向けられた祈りではなく、自分の利益のための祈りだったのです。それは神様に対する侮辱であり、神様の目から見て罪です。

イエス様によると、このような罪深い律法学者たちは、最終的に神様から厳しい罰を受けます。それは、死後、永遠に神様と神様が与えてくださるすべての良いものから離され、地獄に行くということです。

では、私たちはどうでしょうか。律法学者たちとは違う点も多くありますが、世間の目を気にし、人々から尊敬されたい、羨ましがられたいと思ったことがあるかもしれません。あるいは、自分の利益のために、自分より弱い立場の人を利用してしまったことがあるかもしれません。

もし私たちが悔い改めなければ、律法学者たちと同じように、死後に神様から罰を受け、永遠に神様とその良いものから離されることになります。

しかし、神様は私たちを愛しておられるので、そのような罰を望んではおられません。そのために、イエス様が十字架でいのちを代価として捨ててくださいました。私たちがイエス様を信じ、悔い改めるなら、すべての罪は赦され、死後も永遠にイエス様と共に生きるのです。だからこそ、信じる者は神様の罰を恐れる必要が全くありません。



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