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Mark 12:41-44 |  マルコ12章41-44節

マルコ12章41-44節


マルコ12章(新改訳2017)

Mark 12 (NIV)


当時、宮に行って神様を礼拝する時、献金も礼拝の一部でした。それは、本来、御利益をお願いする代価ではなく、神様への感謝と愛を表していました。しかし、今日の箇所によると、違う態度で献金した人たちもいました。


昨日の聖書箇所で見たように、律法学者たちは自分たちの宗教に誇りを持っていました。たくさん献金していたお金持ちの中には律法学者もいましたが、彼らは神様を愛していたからではなく、自分たちの正しさを見せつけるために献金していたのです。


そんな律法学者たちとは対照的に、全く異なる態度を持っている貧しい女性もいました。私たちは、この貧しいやもめ(女性)から、何が学べるでしょうか。彼女はわずかな金額しか捧げませんでした。しかしそれは、彼女の全財産であり、今日のパンを買うお金も残さずに、全て神様に捧げたのです。


彼女は神様を他の何よりも愛していました。完全に信頼していました。必要な物は神様が与えてくださると確信していました。彼女は、「心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」というマルコの福音書12章28-33節でイエス様が語っておられた最も重要な命令に従い、私たちが見習うべき良いお手本です。


この貧しい女性のように神様を心から愛することができますか。持っている全てを神様に捧げることは、私たちにとって、何を意味するでしょうか。これは、持ち物やお金に限った話ではありません。神様を他の何よりも優先して生きることを意味します。そのように生きるためには、まず神様を完全に信頼する必要があるのです。それは難しい時もありますが、神様の助けを通して、誰でもできるのです。


この話を通して、イエス様について私たちは何を学ぶことができるでしょうか。どのくらいお金を持っているかなど、人々はうわべを見ますが、イエス様は心をご覧になる事が見られます。イエス様は、金持ちたちの行いが自己中心的であるのをご存じでした。それに対して、この女性は心から神様を愛し、全てを捧げたのを見られました。イエス様の心を捉えたのは、金持ちたちの行いではなく女性の心でした。


私たちはどうでしょうか。この話を通して、二つの事が学べると思います。まず、私たちが、他人からの評価ではなく、自分の心の状態に目を向けることを、神様は望んでおられます。次は、うわべで人を判断するよりも、その心に価値を置くことを、神様は望んでおられます。





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