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Mark 2:18-20  |  マルコ2章18-20節

マルコ2章18-20節


​マルコ2章(新改訳2017)

Mark 2 (NIV)


断食はユダヤ教の大切な習慣で、悲しみや悔い改めの思いを表すために行われてきました。また、心から何かを待ち望む時にも断食が用いられました。パリサイ人たちは自分の宗教的熱心さを示すために頻繁に断食しましたが、その動機はしばしば高慢から出ていました。


一方、ヨハネの弟子たちは、メシヤと呼ばれる救い主を待ち望む思いから断食をしていました。しかし、救い主であるイエス様が来られた時、その待ち望むための断食の理由はなくなりました。むしろ、イエス様の到来は祝うべき出来事でした。19節によると、その喜びはまるで結婚式の祝いのようなものだったのです。


20節でイエス様は、結婚披露宴の後に花婿が客から取り去られるように、ご自身も弟子たちから取り去られる日が来ると語られました。それはイエス様が十字架で殺された日のことです。その日、弟子たちが深い悲しみの中で断食するのはふさわしいことだったでしょう。


しかし、イエス様は三日後に神様によってよみがえられたのです。これもまた大いに祝うべき出来事です。その後イエス様は天に帰られましたが、天から信じる者たちに聖霊を送ってくださいました。聖霊を通して、イエス様は信者の心の中に共にいてくださいます。


そのため、イエス様を信じる私たちは、いつもイエス様と共におり、毎日が祝うべき日なのです。つまり、クリスチャンは日々喜ぶ理由を持っています。


とはいえ、信者がイエス様の再臨を待ち望む時、また悲しみや悔い改めの思いを抱く時には、断食を行うことは許されています。しかし、天国に着いた時には、悲しみも悔い改めも、待ち望む必要もなくなり、断食の理由は完全に消え去るのです。


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