32
Daily Bible Messages
毎日聖書を読んでみよう
Mark 4:21-25 | マルコ4章21-25節
マルコ4章21-25節
聖書において光とは、良いもの、すなわち神様の愛や平安、神様に喜ばれる生き方などを象徴しますが、21節での「明かり」はイエス様ご自身を指しています。
明かりの目的は、人々が見えるように光を照らすことです。明かりがあれば道が分かり、どうすべきかが見え、すべきことを正しく行うことができます。しかし、もし明かりを器の下に置いてしまえば、光を照らすことができず、何の役にも立ちません。むしろ、明かりの光が遠くまで届くように、私たちはそれを燭台などの 高い場所に置くはずです。
このたとえ話の意味は、神様が「神の国の奥義」(神様や霊的な事柄に関する真理)を明らかにするために、イエス様を地上に送られたということです。パリサイ人や律法学者たちはイエス様のことを隠そうとしましたが、神様や霊的な真理を知りたい人は、イエス様を知り、イエス様の言葉を聞かなければなりません。
しかし、イエス様の言葉を聞くだけでは十分ではありません。24節によると、聞いていることに注意を払う必要があります。つまり、イエス様の言葉を聞くとき、神様の助けを求めながら深い意味が理解できるまで思い巡らし、教えられたことを大切にし、それを受け入れ、さらに従っていく必要があるということです。
「自分が量るその秤で自分にも量り与えられ、その上に増し加えられます」という言葉は、私たちが深く考え、理解できるよう神様の助けを求めるなら、神様はさらに深い理解を与えてくださるという意味です。つまり、心から神様の真理を求める者には、神様がその真理を豊かに示してくださるということです。
それとは対照的に、25節後半によれば、イエス様の教えを真剣に聞かない人は、持っているものさえ取り上げられてしまいます。つまり、聞いたことをすぐに忘れ、真理を知り理解する機会を失ってしまうのです。
だからこそ、イエス様の教えに注意を払い、理解できるように神様の助けを求めることが大切なのです。