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Mark 4:26-29 | マルコ4章26-29節
マルコ4章26-29節
マルコ4章(新改訳2017)
今日の箇所で、イエス様は再び良い地に種を蒔く人の話に戻られました。この人がしたことは、ただ種を蒔き、その後は待つだけでした。地が良かったので、種は自然に芽を出し、育ち、最後には収穫を得ることができました。
このたとえ話は何を意味しているのでしょうか。マルコ4章1–8節、14–20節のたとえと同じように、種はイエス様が語られた言葉(みことば)を表します。すなわち、イエス様が述べ伝えた神の国の教えや、イエス様についての福音そのものです。
地に種を蒔く人は、当時はイエス様ご自身を指していました。現在では、イエス様のことや福音を述べ伝える人々を表しています。
収穫の時は、旧約聖書ヨエル書3章に書かれているように、神様がすべてを裁かれる日を指します。
収穫そのものは、イエス様を信じることによって神様の子どもとなり、神の国に入った人々のことです。つまり昨日学んだように、イエス様の教えを注意深く聞き、神様の助けによって深い意味が理解できるまで思い巡らし、教えられたことを大切にし、それを受け入れ、さらに従おうとしている人々です。収穫の時が来ると、この信者たちはついに天国に入ります。
では、なぜイエス様は27–28節でこのような詳細を語られたのでしょうか。そこにこのたとえ話の核心があります。
種を蒔いた人は、種がどのように芽を出し、育つのかを知りません。しかし、時が来ると種は自然に成長します。それは、種そのものにいのちと力があるからです。
同じように、イエス様の教え、イエス様についての福音にもいのちと力があります。そのため、イエス様のことを語る人は、どのようにして人の心に変化が起こるのかを知らなくても、時が経つと、みことばを真剣に聞く人々は自然に信じるようになり、神様に属する者となり、神の国に入ります。そして裁きの日が来ると、彼らは神様に受け入れられ、永遠に神様と共に生きるのです。
つまり、イエス様に興味を持つ人は、時間をかけながら信仰が育っていきます。今はまだイエス様を信じられなくても、それで信じる可能性がないということにはなりません。