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Mark 5:1-10 | マルコ5章1ー10節
マルコ5章1-10節
昨日学んだ通り、イエス様は汚れた霊につかれた人を救うために、弟子たちと一緒に嵐の中、湖を渡りました。
9節によると、汚れた霊の名前は「レギオン」でした。レギオンとは部隊という意味で、この人は一つの汚れた霊ではなく、数多くの力強い汚れた霊につかれていたことが分かります。
3–5節を読むと、この人がどれほど悪霊どもに支配され、悪霊の力によって普通 の人間よりもはるかに強い力を持っていたかが分かります。
しかし、この人は遠くからイエス様を見ると、悪霊どもの影響で走って来てイエス様を拝みました。これは、悪霊どもがイエス様をいと高き神の子として認め、イエス様が神様の力を持っておられることを知っていたからです(7節参照)。この人は普通の人間より強い力を持っていましたが、その力はイエス様の力とは比べものにならないことが明らかになりました。
「いと高き神」とは、聖書の神様のことです。すべてを創造し、すべてを支配し、すべてを知り、何よりも力強く、何でもでき、完全にきよく、永遠から永遠まで生きておられる真の神様です。
レギオンと呼ばれた悪霊どもは、イエス様がいと高き神の子であることを知り、イエス様が自分たちを滅ぼす力を持っていることも理解していました(10節参照)。その恐れから、彼らはイエス様を拝したのです。
しかし、恐れからの拝しは真の礼拝ではありません。真の礼拝は、尊敬と愛に基づいています。神様の偉大さを認めて素晴らしいと思い、神様の良さを知って神様を愛する人は、心から神様を礼拝することができます。しかし、レギオンと呼ばれた悪霊どもは神様の良さを知らず、神様を愛することもできなかったため、心から礼拝することはできませんでした。
では、私たちはどうでしょうか。神様の罰を恐れて祈り、礼拝しているのでしょうか。それとも、神様の偉大さを認めて素晴らしいと思い、神様の良さを知って神様を愛しているからこそ、心から礼拝しているのでしょうか。恐れからの礼拝は恐れにしかつながりませんが、心からの礼拝は喜びと平安へと導かれます。
もし心から神様を礼拝することが難しいと感じるなら、神様の良さをより深く知ることができるように祈ってみてください。