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Mark 6:1-6 | マルコ6章1ー6節
マルコ6章1-6節
イエス様の郷里はナザレという町でした。当時の人々は、ほとんどの場合、生まれてから死ぬまで同じ町に住んでいたため、ナザレにはイエス様を子どもの頃から知っている人が大勢いました。
イエス様は子どもの時に奇跡を行ったり、神様のことを教えたりしていなかったので、周りの人々からは普通の子どもとして見られていました。さらに、イエス様の職業である大工は特に高い地位の仕事ではなかったため、そんな身分の人が偉大な先生になるはずがないと思われていました。加えて、イエス様の家族もよく知られており、親も兄弟姉妹も普通の人であることを知ってい たため、イエス様が神であるとは想像できなかったのです。
そのため、ナザレの人々は会堂でイエス様の話を聞いても、それを神様からの言葉として受け入れられず、イエス様の傲慢から出た話だと思い、信じることができませんでした。
イエス様は彼らの思いを知り、旧約聖書の預言者たちも同じように故郷で受け入れられなかったことを語られました(4節)。人々は、よく知っている人物が神様に特別な使命のために選ばれたという事実を受け入れにくいのです。もしかすると、なぜ神様は私ではなく、あの人を選んだのかという妬みがあったのかもしれません。
マルコ5章では、十二年間長血を患っていた女性が信仰によって癒されましたが、イエス様の郷里ではほとんどの人が信仰を持っていなかったため、イエス様は多くの奇跡を行うことができませんでした。ただ、何人かの病人に手を置いて癒されましたが、それはその数人だけが信仰を持っていたからでしょう。
しかし、だからといって、イエス様が人間の信仰の度合いに左右されるという意味ではありません。人々がイエス様を信じなかったために、イエス様の助けを求めなかった、ということなのです。
私たちも信仰がなければ、イエス様の奇跡や祈りの答えを見ることを期待できません。もしイエス様を信じることが難しいと感じるなら、神様が信仰を与えてくださるように祈りましょう。