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Mark 7:1-8 | マルコ7章1ー8節
マルコ7章1-8節
パリサイ人たちと律法学者たちは宗教の先生であり、人々から偉いと思われていました。旧約聖書に書かれたことを熱心に教えていましたが、それだけでなく、人間が作ったルールや伝統も厳しく守っていました。その中には、食事をする前に手を丁寧に洗うということも含まれていました。
もちろん、食べる前に手を洗うのは健康に良いことです。しかし、パリサイ人たちと律法学者たちは公衆衛生のためにしていたのではなく、神様の目から聖く見られるために特別な洗い方が必要だと考えていました。杯、水差 し、銅器や寝台を洗い清めたのも同じ理由からでした。
正しく手を洗わずに食事しているイエス様の弟子たちを見て、パリサイ人たちと律法学者たちは怒り、イエス様を責めました。しかし、イエス様が大切にしておられたことは、彼らが大切にしていたこととは違っていました。
6−7節でイエス様は、預言者イザヤが書いた旧約聖書の箇所を引用されました。その引用での「わたし」とは神様のことです。イザヤはイエス様の700年ほど前に生きていましたが、その時代にも偽善者がいました。外側からは神様を熱心に信じているように見えても、心の中では神様から離れ、神様がおっしゃらなかったことを神様の教えとして扱っていた人たちです。
イエス様によると、今日の箇所のパリサイ人たちは、そのイザヤの時代の偽善者と似ていました。外側は良く見えても、心は悪かったのです。しかし、神様の目から見ると、外側よりも心の方が大切なのです。実際、人間の伝統は大したことではなく、神様の戒めを守ることこそが重要であるとイエス様は教えられました。
私たちは、外側と心のどちらを大切にしているでしょうか。人間の意見と神様の意見、どちらを大事にしているでしょうか。神様が私たちの心を清めてくださるように祈りましょう。