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Mark 7:24-30 | マルコ7章24ー30節
マルコ7章24-30節
ツロというのはイスラエルの町ではなく、フェニキアという外国の町でした。そして、ツロでイエス様が出会った女性もイスラエル人ではなく、ギリシア人でした。彼女がイエス様に声をかけることは、三つの点でとても難しいことでした。
一つ目は、イエス様がイスラエル人のメシヤであり、イスラエルの民を救うために来られた方だったので、外国人である彼女はイエス様とは関係のない者のように見えたことです。二つ目は、当時は家族以外の男性と女性が話すことは普通ではなかったことです。三つ目は、彼女の娘が汚れた霊につかれており、それは当時とても恥ずべ きこととされ、彼女は偉い先生と話す資格がないと思われていたことです。
しかし、それにもかかわらず、彼女は娘が癒されることを何よりも願い、必死に求めていました。イエス様が悪霊を追い出し、人を癒すことができると固く信じていたので、イエス様に声をかけたのです。
27節でイエス様は短いたとえ話を用いて答えられました。ここで子どもたちはイスラエル人を、小犬は外国人を表しています。
誰かを小犬と呼ぶのは失礼に聞こえますが、このたとえ話では別の意味があります。親がまず子どもに食べさせ、その後でペットにも食べさせるように、イエス様はまずイスラエルの人々に神様のことを教え、死からよみがえった後、弟子たちに外国人へも福音を伝えるよう命じられました。つまりイエス様がこのギリシア人の女性に言われたのは、まだあなたの番ではない、ということでした。
これは、イエス様が外国人を嫌っていたとか、彼女を助けたくなかったという意味ではありません。むしろ、彼女が本当にご自分を信じているかどうかを試されたのです。もしイエス様が外国人を嫌っていたなら、24節にあるようにツロに行って家に入ることなどなかったはずです。
28節での彼女の謙虚で思慮深い答えから、彼女がどれほどイエス様を信じていたかがよく分かります。自分には何の資格もないことを受け入れつつ、それでもイエス様が憐れみ深い方だと信じ、イエス様の優しさに頼って「主よ」と呼びながら、もう一度お願いしました。イエス様はその信仰に応えて、娘を癒されました。
私たちも彼女のように、イエス様を固く信じ、必死に助けを求めるなら、救いを得ることができるのです。