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Mark 8:14-21 |  マルコ8章14ー21節

マルコ8章14-21節


​マルコ8章(新改訳2017)

Mark 8 (NIV)


昨日、私たちは、パリサイ人たちが心を頑なにしてイエス様を本当のメシヤとして信じようとしなかったために、信じることができなかったということを学びました。また、彼らは旧約聖書に書かれた神様の教えだけでなく、人間が作ったルールや伝統まで厳しく守り、それを他の人々にも押しつけていたことも、以前に学びました。


今日の箇所で、イエス様はこのパリサイ人たちについて「パリサイ人のパン種とヘロデのパン種には、くれぐれも気をつけなさい」と語られました。ここで言う「パリサイ人のパン種」とは、彼らの教えのことです。


パンを作るとき、パン種を入れてしばらく置くと、生地は自然に膨らみます。しかし、イスラエルの歴史の中で、神様がイスラエルの民をエジプトの奴隷生活から解放された時、彼らは急いでエジプトを出発したため、パン種を入れて発酵を待つ時間がありませんでした。そのため、パン種の入っていないパンを急いで作り、持って出たのです。この大切な出来事を忘れないために、ユダヤ人は今でも過越し祭の前に家を掃除し、パン種をすべて取り除きます。


この背景があるため、聖書の中でパン種は取り除くべき罪を象徴しています。イエス様はパリサイ人の教えをパン種と呼び、それが神様の教えとはいろいろな点で異なり、危険で罪深いものであることを示されました。イスラエルの王であったヘロデ王の教えも同じでした。


しかし弟子たちはその意味が分からず、自分たちがパンを持ってくるのを忘れたことに気を取られて、イエス様の言葉をパリサイ人やヘロデからパンをもらってはいけない、という意味だと勘違いしてしまいました。


けれども、パンを忘れたことは、五千人以上の人々に十分な食べ物を与えることのできるイエス様にとっては問題ではありません。パンがなければ、イエス様はいつでも簡単に作ることができるということを、もうすでに弟子たちにはっきりと示しておられました。それでも弟子たちは、なかなか学び取ることができませんでした。私たちも同じように、学ぶのが遅い時があるかもしれません。


では、今を生きる私たちにとってのパリサイ人のパン種とは何でしょうか。それは、イエス様の教えと異なるあらゆる教えです。イエス様の教えと違うものは、すべてをご存じの神様から出たものではないため、真理ではなく、危険です。だからこそ、私たちはそれらを取り除くべきなのです。

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