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Mark 8:29-31|  マルコ8章29-31節

マルコ8章29-31節


​マルコ8章(新改訳2017)

Mark 8 (NIV)


昨日の箇所でイエス様は、弟子たちに大事な質問をされました。それは「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか」という質問でした。ペテロは弟子たちの代表として、「あなたはキリストです」と答えました。それは、イエス様がユダヤ人たちが期待していた、神様に遣わされて人々を救ってくださる方、つまり救世主だという意味です。

 

その直後、イエス様は、自分のことをだれにも言わないように弟子たちを戒められました。それはなぜだったのでしょうか。

 

マルコ8章22–26節で、イエス様に癒された人が最初は半分だけ見えるようになったのと同じように、弟子たちもイエス様が誰であるかを半分だけ理解していたからです。彼らの信仰はまだ中途半端でした。つまり、弟子たちはイエス様がキリストという救世主であることは分かりましたが、どのような救世主なのか、救世主として何をされるのかまでは、まだ理解していなかったのです。

 

弟子たちが期待していた救世主とは、イスラエルを支配していたローマ軍と戦い、その支配から解放してくれる政治的な救い主でした。

 

もし弟子たちが政治的な救世主が来たと人々に伝えてしまったら、群衆は興奮し、大騒ぎになり、イエス様はローマの兵士にすぐに捕らえられてしまったでしょう。まずイエス様は、ご自分がどのような救世主であるかを弟子たちに教えなければならなかったのです。

 

実際、イエス様は政治的な救世主ではありません。31節でイエス様が語られたように、ローマ軍と戦って勝つために来られたのではありませんでした。むしろ、長老たち、祭司長たち、律法学者たち、つまりユダヤ人のリーダーたちに拒まれ、苦しめられ、殺されなければならなかったのです。言い換えれば、イエス様は世界や人々の人生を良くするために来られたのではなく、苦しみを受けるために来られたのです。

 

私たちはどのような救世主を求めているでしょうか。ただ世界や自分の人生を良くしてくれる救世主でしょうか。それとも、私たちを救うために苦しみ、命を捧げることを受け入れた救世主でしょうか。

 

イエス様が人間を何から救うのか、そしてなぜユダヤ人のリーダーたちに拒まれ、苦しめられ、殺されなければならなかったのか。それは明日学ぶ内容です。

 

ちなみに、イエス様はご自身が苦しみを経験されたからこそ、私たちが苦しむ時に、深い慰めを与えることができるのです。

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