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Mark 8:38-9:1 | マルコ8章38-9章1節
マルコ8章38節ー9章1節
昨日学んだ通り、イエス様を信じてイエス様について行く人々は、やりたい事や持ちた いものを失う必要がある時もありますが、その代わりに、何よりも心を満たす喜び、平安、希望を持つことができます。さらに最終的には、苦しみのない天国で永遠にイエス様と共に生きることができます。そのために、イエス様の助けによって自己中心的ないのちを捨てることには、大きな価値があるのです。
今日の箇所は、イエス様について行くために自己中心的ないのちを捨てる一つの例を示しています。
38節の「姦淫と罪の時代」という表現は、当時の時代だけでなく、現代も含みます。姦淫とは、自分の配偶者に対して不忠実であることです。すべての人は聖書の神様に創造され、神様との親しい関係を持つために造られました。ですから、神様を無視したり、他の神々に祈ったり、神様以外の人や物に満足を求めたりすることは、神様に対する不忠実であり、霊的な意味での姦淫と言えます。
聖書の神様を信じていない、あるいは神様に従っていない世界の中で、イエス様について行く人は、無信者に笑われたり、侮辱されたり、いじめられたりする可能性があります。そのような環境の中で、イエス様とイエス様のことばを恥じ、自分が信者であることを隠したくなる時があるかもしれません。しかし、それは自己中心的ないのちを捨てることとは正反対です。
38節によると、もし私たちが地上で生きている間にイエス様とイエス様のことばを恥じ、自分が信者であることを隠そうとするなら、イエス様がすべての人を裁く時に、私たちを恥じ、永遠に見捨てられてしまいます。
周りの人の意見よりも、最終的に私たちを裁くイエス様の意見の方がはるかに重要です。そのため、イエス様を信じていることをはっきり言う方が良いのです。勇気が必要ですが、イエス様はその勇気を与えてくださいます。
9章1節の「神の国が力をもって到来している」とは、イエス様が復活してから神の国を始められる時を指すと考えられています。つまり、イエス様の話を聞いていた人々がまだ生きている間に神の国が到来するという意味です。
イエス様が死よりも力強く、復活され、神の国を確立されたという事実は、イエス様を信じる人々が大胆にイエス様への信仰を告白するように確かに励ますものです。