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Mark 9:17-24 | マルコ9章17-24節
マルコ9章17-24節
Mark 9 (NIV) 悪霊につかれた子どもの父親は、息子を癒してもらうために、彼を弟子たちのところへ連れて行きました。この息子は悪霊によって本当に苦しんでいました。しかし、弟子たちは息子を癒すことができませんでした。
19節を読むと、弟子たちが悪霊を追い出せなかったのは信仰が足りなかったからのようですが、誰の信仰が足りなかったのかは書かれていません。弟子たちの信仰か、父親の信仰か、あるいは息子や群衆の信仰かもしれません。もしかすると、皆の信仰が足りなかったのかもしれません。
少なくとも、22−23節を見ると、父親の信仰が十分ではなかったことが分かります。彼にはイエス様に助けを求めるほどの信仰はありましたが、イエス様が本当に息子を助けることができるのかどうか、疑いも持っていました。
イエス様の「信じる者には、どんなことでもできるのです」という言葉は、「誰でも何かを強く信じれば、信仰の力で何でもできる」という意味ではありません。むしろ、イエス様を信じる人は、神様の御心であれば、どんなことでもできるという意味です。
大切なのは、信仰の大きさや強さではなく、誰を信じているかということです。自分自身や両親、友達を100%信じても、できないことはたくさんあります。しかし、イエス様は何でもできるお方なので、イエス様を信じる人は、神様に喜ばれることであれば何でもできるのです。
「信じる者には、どんなことでもできるのです」と聞いた父親の信仰は、急に成長したようです。しかし同時に、自分の信仰がまだ不十分であることも認め、「不信仰な私をお助けください」と言いました。これは信仰を成長させてくださいという意味です。彼は100%の信仰を持っていたわけではありませんが、信仰が成長していけるように、イエス様の助けを求めるほどの信仰は持っていました。
私たちの信仰はどうでしょうか。イエス様を100%信じていなくても、信仰の成長を求めているでしょうか。たとえ信仰が不十分だと感じていても、この父親のように、信仰が成長しますように、とイエス様にお願いすることができるでしょうか。