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Mark 9:49-50 |  マルコ9章49-50節

マルコ9章49-50節


マルコ9章(新改訳2017)

Mark 9 (NIV) 旧約聖書の時代、イスラエル人たちは捧げものに塩を振りかけてから神様の前で焼きました。その塩は、神様との契約の象徴でした。この契約とは、神様がイスラエル人に対して忠実であるという約束と、イスラエル人が神様の戒めに忠実に従うという約束のことです。塩によって、捧げものはきよいものとされました。


同じように、聖霊が信者に「塩」を振りかけるように働かれます。その塩を通して、信者は神様との契約に入り、神様に捧げられた生きたきよい捧げものとなります。


そのため、「火によって塩気をつけられている」人とは、自分の人生を神様に委ね、聖霊によってきよめられている信者のことです。このような信者は、イエス様が十字架でいのちを犠牲にしてくださったことによって救われたことを理解しています。イエス様への感謝で心が満たされているため、神様に仕えるために生きています。


さらに、当時は冷蔵庫がなかったため、肉などはすぐに腐ってしまいましたが、塩をつけると長く保つことができました。塩は食べ物が悪くならないように守る役割を果たしていました。また、抗生物質がなかった時代、怪我をすると細菌が入って危険でしたが、塩は細菌を破壊し、人の体を守る働きもありました。つまり、塩は人々を守る良いものだったのです。


同じように、聖霊によってきよめられた信者は、塩のように世界の道徳的な退廃に抵抗することができます。例えば、50節に書かれているように、聖霊からの塩気があるからこそ、自己中心や自慢を捨て、互いに平和に過ごすことができます。


人間は、自分の努力だけで良い人になろうとしても、自分の心を変えることはできません。しかし、イエス様を信じれば、聖霊の働きによって私たちはきよい存在へと変えられます。そのきよさを得るために必要なのは、ただ人生をイエス様に委ねることだけです。

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